<< 三陸方面仮設住宅訪問の音楽療法士 | main | 即興 >>

平泉高館(たかだち)とひょっこりひょうたん島

 2014年10月、東北の被災地をまわる音楽療法士の智田邦徳さんに連れて行ってもらうためにまず盛岡に向かった。その途中、世界遺産平泉に立ち寄った。歴史にも観光にもほとんど知識もなく、またこれといった思いもなく、「世界遺産」をかすめておこうというだけのことだった。
 平泉駅を出るとすぐそばに観光案内所があり、そこで尋ねるとレンタサイクルが便利と教えてくれた。早速その隣で自転車を借りた。そこのおじさんが、荷物を預かってくれて、簡単な地図に、自転車で巡るルートと所要時間を書き入れて持たせてくれた。
 まず地図が示す最初のポイントは「高館義経堂」で、そこを目指した。入口の表示看板まではすいすい来たが、そこからはすごい坂で自転車はこげず押して歩いた。自転車を脇に止めて、入場料を払ってからもなかなかの坂道で、喘ぎ喘ぎ高台に着いた。
 まあ、見晴らしの良いところではある。

 矢印があってそこには芭蕉の句碑がある。
 「夏草や兵どもが夢のあと」という有名な句である。

 つらつら読むと、芭蕉はここにきて、涙を流しているのである。そういえば、高校の古文を思い出した。漢詩の「国破れて山河あり」も引きながら、芭蕉は往時の戦や義経の悲劇、はたまた名もなき兵士たちのことを思ってか、泣くのである。
 芭蕉の見た景色と今の景観は多少違うであろうが、古の戦いのあとが残っているわけではなく、むしろ平時の田園風景が感慨を深めたのであろう。
 ここで涙する芭蕉は見えないものをいっぱい見ていたに違いなく、ただ自転車こいできただけの自分に、感慨が湧いてこないのも当然か、などとも思えた。


 翌日盛岡で拾ってもらい、途中遠野を通って、大槌までのドライブをした。
 お昼の後赤浜海岸に連れて行ってもらった。そこで同行の愛犬タンタンがしばし車外で遊ぶ。
 そこからはひょっこりひょうたん島のモデルの島が見える。


 島の祠には弁天様が祀られ、震災前は防波堤で陸続きになっていて歩いて渡れたという。
 あの日の地震、津波の時は、一体どんなふうであったか、などと思うよりも、昼食後のひと時が心地よく流れていく。
 見えないものが見えない限り、ここもただの景色なんだろう。

 東北に来れば、そして現場に立てば、何かが分かるということでもなく、そこで感じ、了解することも、それはもう自分自身の器に応じてのことなのだ。

at 14:00, まんどろ, -

comments(0), trackbacks(0), - -

comment









trackback
url:http://blog.mf-mandoro.net/trackback/225