英語で書く

 世界大会で発表するための最大の関門が「英語」であることは間違いないことでした。僕は外国人の友達と英語で手紙やEメールのやり取りをしたり、海外旅行の際英語を使ったことがあります。でもそれと論文を書くことの間には埋めようもない大きな落差があります。

 当然のことながら、英語にするにあたって、業者さんを含め何人かの人のお世話になりました。

 作文をするとき、いつもそうなのですが、僕は日本語を何度も何度も推敲して手直しし、締切がなければ仕上がりません。それは全体の構成を整えることと細部を記述することは同時にはできませんので、記述するうちに構成が少なからず影響されていく、そこをどうにか形を整える必要があり、ある程度全体が見えてからの推敲は、欠かせません。

 ですが、翻訳のために時間も必要ですので、結局は仕上がらないままの日本語で英語にできる部分をしていただき、それを基にまた考える、という作業を繰り返すことになりました。僕自身で英語を書いてみたこともありましたが、これはほとんど使えないようでしたので、日本語を翻訳者に送り、返された英語でまた考え直すのでした。

 そこの作業は経験しないと分からない、ややこしい問題が次々に出てきました。僕が普通に書いた日本語は容易に英語になりませんでした。
 
 結論だけを言うと、英語と日本語を行きつ戻りつする間に、文章にする前の思いが、アイディアとしてようよう整理され始めたと実感したのです。
 普段僕は、日本語で自分の思いを1行でも、10ページでも書けるはず、そこを目指して書いていました。思いを凝縮し短いスペースに要領よくまとめるのが作文術だと思っていた節もあります。

 しかしこの方法では英語にしてくれる人にわけのわからない文章を提出することになり、翻訳者が理解できない内容を誰もが分かる英文に訳せるわけはないのです。僕は翻訳者に分かってもらわねばならず、そのために行ったり来たりをするうちに、実は自分でもわかった気分でいただけで、実は分かっていないことをたくさん書いていたことに気づきました。

 英語で書く、ということは英語力の前に日本語力が試され、もっと言えば言葉になる前の思いが整理されていないことを見つめることになりました。

 世界大会プレゼンテーションのために出発する直前に英語の原稿とパワーポイントのスライドが完成しました。その時、僕の中ですっきりした気分も味わえました。何よりこの面倒な作業に力を尽くしてくれた翻訳者に感謝するしかありません。

 
 プレゼンテーション本番では、果たして僕の英語がオーディエンスに分かってもらえるのか、非常に不安でした。ですが、僕の心配をよそに、参加していただいた皆さんによく通じたようで、大変嬉しく思いました。

 得難い体験でしたが、まあ、もうこれくらいで十分だと満足しております。

at 14:59, まんどろ, -

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ドナウ川の漣

 WCMT2014の開催地となったクレムスはドナウ川の船旅の拠点の一つでもあるようです。で、音楽療法の大会にもカルチャーイベントの一つとしてドナウ川ボートトリップがありました。僕はこれだけは欠かせない、という感じで申し込んでおりました。
 船に乗って、食事をし、対岸の美しい景観を楽しむわけです。「ドナウ川の漣」という曲は確か中学校で習い、何となくロマンティックな雰囲気が印象に残っております。そのドナウ川のボートトリップですから、期待も大きい。
 舟に乗る場所によってずいぶん違うことでしょうけれど、この辺りは、かなり川幅はあるものの結構な急流です。行は川をさかのぼり帰りは下ってくるというこの大会が専用に借り切った舟でした。




 6時ごろの集合ですが、1時間以上も船が出ず、ただ食事するだけで何となく肩すかしを食った気分でいましたが、7時ごろに出発すると、まだまだあたりは明るく、十分に景観を堪能しました。折り返すあたりから暮れなずみ、やがて月明かりに煌々と照らされ、まあそれはロマンティックな雰囲気です。

 で船内では学生バンドが次から次へと耳になじみのある名曲を奏でてくれます。聞いてみると普段は一緒にやっているわけではなく、先生に言われて今日初めてのアンサンブルということです。



 まあ、これが楽しい。  興にのって、いきなりピアノの空いた部分へ乱入する、この人もおそらく音楽療法士。
 こういうところへ加わるのも技術の要ることなので、わが身を淋しく思いました。

 これは女性陣がマイクを占拠して、イパネマの娘の大合唱。
元々ちょっとけだるいような感じの曲ですが、やけに明るく楽しい歌声でした。気分は共感。

心地よい音楽でした。演奏としてどうなのか、プロのバンドだったら、また違った雰囲気が醸し出されるのでしょう。

 音楽が一人一人の気持ちを解きほぐし、いろんな壁はもちろんありありでしょうけど、オープンな気分を充満させる。演奏をする彼らも、その演奏を心地よく共有する僕らも心開かれていく感じを楽しみました。

at 11:10, まんどろ, -

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音楽療法世界大会の印象、

 オーストリアの首都ウィーンから列車で1時間くらい行ったところにクレムスという街があり、そこが音楽療法世界大会2014の開催地でした。それこそ世界60か国以上から千数百人の音楽療法士や研究者が集まるイベントです。この数字は何となく僕が耳にした情報で確認を取ったものでないので、あやふやです。しかし、とにかくいろんな国のたくさんの人と出会ったことは確かです。

 僕はここでペーパープレゼンテーションというジャンルの研究発表に応募し、審査を経て機会を与えられたのでした。ですので、僕はこのプレゼンのことばっかり考え、それなりに準備して大会に臨みました。  
 写真はプレゼン用のパワーポイントの動きをチェックしてもらっているシーンです。

 この発表は、応募の時点からするとおそよ1年がかりでいろいろ考える時間がありました。大会での言語は英語のみ、ということですので、原稿もスピーチも英語です。これが大きなハードルとなったことは言うまでもありません。で、そのハードルがあって学べたことも多かったという実感があります。詳しくはまた別の機会にまとめたいと思ってます。

 音楽療法の学会ということでは毎年のように日本の大会に参加し、札幌やラ宮崎やら仙台やら米子やら、まあいろいろと出かけているのです。大体何かの発表をしていて、それが目当てで参加をしています。
 ということで、世界大会への参加も発表の機会が与えられたからこそ出かけたわけです。大会は7月7日から12日までの1週間続きましたが、僕の発表は最終の12日でした。

 研究発表も300くらいあるし、毎日毎晩カルチャーイベントなるものもあって、大変、と言えば大変な大会であることが分かりました。
 自分の発表以外で率直な感想と言えば、例えば僕が名前を知っているような高名な研究家が普通のいでたちで、僕らとおんなじようなプレゼンの場に立っていること。日本だと一目でそれとわかるような雰囲気を漂わせ、講演か助言をされるような、つまり指導的なポストが目に見えて分かる感じがしますが、それとは違う、ということです。まあ、世界大会なので、日本の大会とは違うのあたりまえでしょうけれど・・・。
 次にカルチャーイベントの豊富さ、充実ぶりを感じました。僕は、見た目と違って人が集まる、いわゆるお祭り騒ぎはあんまり好きじゃない(自分が集めるの好きなので、身勝手です)。ですが、今回は素直にこうしたイベントに溶け込めました。それにも自分自身の側にもイベントの持ち方にも理由がある気がしています。のち後、ゆっくりと考えたいと思います。
 そして何より楽しかったのが、大会運営を実質的に支える、いわば下働きをするために集められた学生たちとのちょっとした交流です。


 写真はキャンパスで集まった、若そうな人の音楽を楽しむシーンです。最初は出し物の練習かも知れないと遠慮もしていたのですが、そうでもなく勝手に集まって勝手に楽しんでいることが分かって、輪に入っていきました。こういうシーンに触れることが多かったような気がします。
 そして、互いに遠慮がちながら自己紹介し合ったりして、話もしました。
 
 最終日、僕も自分のプレゼンを終えた後、そんなドイツから来た若い音楽療法士が「ゴメン寝過ごした」と近づいてきました。前日に僕のプレゼンに来る約束をしてくれていたのです。そのあと、彼の仲間と一緒に写真に収まりました。

 親子以上の年の差なんでしょうけど、僕の方が何だかはしゃいでいて、むしろ子どもっぽい感じでした。ちなみ僕は前列でしゃがんでいるのではなく、しっかりと立っているのです。

 そのほかにも多くの方とあいさつを交わしました。一番多かったのは日本人なんですけど・・・・。

 で、学会というと、まず研究発表、そして講演やシンポジウムなど、そういうことが頭に浮かぶんですけど、今回は英語のプレゼンを聞くのがしんどいせいもあって、それ以外のことが強い印象に残りました。そして、全体として音楽、音楽療法を感じたり考えたりする時間がいっぱいあったように思います。

 1週間、世界各地からいろんな人、そこに音楽、ということで、とても複合的な体験をした、そういう気持ちに満たされました。

at 08:19, まんどろ, 音楽療法

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2000年という年

 外国に来て、今は、一人になっていろいろ考える時間です。

 僕は2000年に先生を辞めて音楽療法士の活動を始めました。年齢は50歳でした。
 最初にしたかったことは、それまでさまざまに刺激を受け、お世話にもなった大瀧昌之さんを訪ねてストックホルムで修行をすることでした。ですが、大瀧さんはその年北九州のどこかの大学の客員教授ということでスウェーデンにはいませんでした。代わりにストックホルム在住の音楽療法士さんのリストをくれました。そこをお訪ねするとよいということでした。

 で、大瀧さんは英語は下手でもいいから自分で電話をしてコンタクトをとるように言われたのですが、自信のない僕はほかの人に頼んでアポを取ってもらいました。そのほとんどの人が、その時期ナポリに行くと行って不在でした。
 そのナポリに行く、ということが何なのか、その時は知る由もありませんでした。

 ストックホルムで僕の世話をやいてくれたのが、今お邪魔してるニクラスさんでした。彼はデイセンターを回って障がいのある人と音楽をしていたわけですが、音楽療法士ではなくサークルリーダーということでした。
 僕はニクラスさんのすることと音楽療法とがどこがどう違っているのか、尋ねまくりました。それは僕が日本で行おうとする活動の方向性と直接関係のあることだと感じていました。明確な回答はないまま、日本に帰り、とりあえずやってしまえ、ということで自分の活動を始めました。
 僕の活動を音楽療法と呼ぶにはおこがましすぎる感じがあって、「療法的音楽活動」という言葉を使ったこともありました。

 その後、日本の音楽療法学会で自分の実践を発表しながら少しずつ学び、いろいろな方との出会いを経験しました。その中の一人が三宅博子さんで、神戸大学の大学院で、コミュニティ音楽療法に関する修士論文を残された方でした。三宅さんと知り合いになったのも倉敷で行われた大会で、その時はスティーゲというノルウェーの理論家がゲスト講演者でもありました。

 コミュニティ音楽療法は、僕が三宅さんとの議論や情報交換の中で一番多く学んだ事柄でした。僕にしてみれば、実際に行ういわゆる実践の感覚と音楽療法として語る時のギャップのなさが何より魅力なのでした。翻って言えば、いわゆる音楽療法では対象者たるクライエントさんについては、しつこいくらいに議論するのに、それを行う音楽療法士の力量や感性は、まるですでに出来上がったものかのように不問、というような感じがあって、どうしても納得できませんでした。コミュニティ音楽療法は、従来の音楽療法とはまた違った角度から総合的に音楽活動を振り返る視点を与えてくれたのです。
 そのコミュニティ音楽療法ということが、音楽療法の世界に明確にデビューしたのが、2000年にナポリで行われた音楽療法のヨーロッパ大会でスティーゲの発表であったそうです。

 2014年、ウィーン郊外のクレムスという街で、音楽療法世界大会が行われます。僕はこれに参加するために、10数年ぶりにヨーロッパ方面への一人旅に出ました。発表する機会も与えられ、そのテーマが長年あためてきた、コミュニティ音楽療法の実践に関するものなのです。
 
 音楽療法後進国の日本とヨーロッパでは事情が違いすぎるのですが、大瀧昌之さんを通じてスウェーデンの福祉と音楽活動について、共感をもって学んできたことがベースになって、自分の実践重ねてきたことが、ごく自然にコミュニティ音楽療法に近づいた気がしています。

 思えば2000年というコミュニティ音楽療法にとって節目の年に、訳も分からずストックホルムでニクラスの音楽と音楽療法士の方々のお話を突き合わせながら、自分のベースが作られ、今ここにいることは、非常に個人レベルの若干センチメンタルなものですが、感慨深いものがあります。
 
 そろそろルンドも朝の時間帯になってきました。

at 11:57, まんどろ, -

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ルンドにて

 僕は、ヨーロッパの町にあこがれて、まず、パリへの一人旅を始めました。まだ20代でした。その後、感動を確かめるように同じ都市を訪れ、それこそ犬も歩けば棒に当たる感じで、知り合いもでき、今度はその知り合い(文通です)を訪ねて、またヨーロッパに行くというようなことが、30歳代のことでした。フランス、イタリア、スイスがターゲットでした。

 その後の経過は割愛して、スウェーデンの首都ストックホルムが僕の親しい町となり、教師を辞めての音楽療法士の修行も2000年にストックホルムに音楽療法士さんを次々お訪ねすることから始まりました。ストックホルムでのコネクションはすべて大滝昌之さんによるものでした。おっと、大滝さんは最近表記を戸籍通りに、ということで大瀧昌之さんで、彼が、強くサポートしてくださって、僕のストックホルム修行が実現したのでした。
 その2000年、大滝さんはストックホルムではなく日本で活動していたので、実際に僕の世話をやいてくれたのは、大滝さんの年若い仲間の一人でもあったニクラスで、毎日僕を車に乗せて、自分の行うデイセンターなどでの音楽活動に誘ってくれたのでした。

 今回ウィーンでの音楽療法の世界大会に参加するにあたり、飛行機の予約を取りに行ったとき「旅行屋」という代理店で勧められたのがフィンランド航空で、ヘルシンキ経由になるのです。ヘルシンキに行くなら、対岸のストックホルムにニクラスを訪ねたい、と思いつき、さっそくメールで僕のアイディアを伝えると、歓迎してくれるとのことでした。ただし、ストックホルムではなくスウェーデン南部のルンドという街で、最も近い国際空港はデンマークのコペンハーゲンだということでした。

 かくして、僕の今回の旅はヨーロッパとは言いながら、僕がこれまで全然行ったことのないところばかりなのでした。

 ルンドといっても日本人にはなじみのない地名だと思いますが、実は大滝さんが率いるエコーというバンドの日本ツアーの際、伊勢でも公演をお願いし、少しはスウェーデン語もわかりたいと、探したところ、そのころ伊勢に住むスウェーデン人がみつかり、彼女がこのルンドの出身なのでした。毎週熱心に教えてくれたのですが、覚えるより忘れのが早いので、とうとう身に付きませんでした。確かルンドの町に彼女は帰ってきていると思うのですが、情けないことにお名前も思い出せず、探すすべもありません。

 今こちらは深夜の時間帯ですが、時差ボケもあって、こんな日記を書いてますけど、何かのご縁ばっかりでここにいて、また別のご縁が生まれるのかなあ、などと感じております。

 音楽療法世界大会、旅行屋、2つのキーワードで、今僕はルンドにいるというわけです。そんなことを言うと、世界大会への参加を進めてくれた二俣先生や、旅行屋を紹介してくれた村井楽器の村井社長も縁の重要な網目を作ってくれています。合縁奇縁。
 

at 09:47, まんどろ, 日記

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ギター表現、という授業

 鈴鹿短大で、「ギター表現」という授業で9人の学生さんに「かんたんギター奏」に取り組んでもらってます。僕には2年目のことですが、今年も若い学生さんや、そうでもない社会人の学生さんたちに、僕の「かんたんギター奏」を紹介することができて、ありがたいことです。

 前期だけの授業なので、もうすぐ評価の時期になります。そこで実技だけでなく、それこそ簡単なレポートを書いてもらうつもりです。
 かんたんギターの真髄は、教科書である「開放弦でできるギター・セラピー」という数年前に「あおぞら音楽社」から出してもらった本にも書いてあります。
 そこをよく読んでもらいたいわけですけど、ギターを上手に弾ければそれに越したことはないけれど、それほどでなくても、いくつかの工夫があれば、音楽活動の一つとしてギターを活用できる、そのために必要なことを頭の片隅に置いていただきたいのです。
 
 まず、ギターはどこにでも見つかる身近な楽器で、これがバイオリンやチェロならそこいらにころがっていたりはしませんので、その身近なギターを使う、しかもそんなものは弾いたこともない、お年寄りや、障害のあるお子さんにもきわめてイージーにやってもらおうということなんです。
 チューニングの工夫、開放弦ですぐ合奏できる、伴奏を加えれば弾き語りもできる、ということをしてもらいたい。そのためにはギターにある程度なじんでいないといけないので、ギターは初めてというような方にも、色のコードや番号を付けたポジションをたどるギターソロをやってもらっているわけです。
 加えていうと、僕の方法だと初めてギターをかかえた人がいきなりソロや弾き語りができるんですが、そこから先はやっぱ練習もいる。そこを教科書である程度こなしておけば、普通のギターが導入にもなるわけです。実際、障がいのある僕のオアイテ
で、かんたんギターをこなして今度は普通のギターに進んで、ものすごくうまいギタリストになっていった人もあります。
 
 僕の授業をとっている学生の皆さんは、そこらへんをもう一度意識して、教科書を見てくださると、良いレポートになると思います。頑張ってくださいね!

at 08:57, まんどろ, かんたんギターとギター・セラピー

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楽器

 今MTちいきのWebページに、様々な音楽場面に有効な楽器と、その使い方の紹介をブログに連載中です。これまでも、コンガやツリーチャイムなど、過去の実践場面を思い浮かべていろいろ書いている。
http://mt-ms.jimdo.com/%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%B0-%E3%81%93%E3%82%93%E3%81%AA%E6%A5%BD%E5%99%A8%E3%81%AE%E4%BD%BF%E3%81%84%E6%96%B9/


 そのMTちいき主催のWSで小日山拓也さんの手作り楽器に触れることができた。
 またその小日山さんや三宅博子さんも交えた、善光寺ライブでは、お寺の鳴り物を使わせていただいたりもした。

 楽器一つ一つにはそれぞれの工夫され改良されて今の形になった歴史があるのだろうし、そうした工夫はこれからも続くに違いない。僕らが子どものころから聞いてきたピアノだとか、鍵盤ハーモニカも、メロディーやハーモニーが聞こえる前に、ある種のイメージがわいてくる。多分これは音楽の源の一つじゃないだろうか、と思う。
 小日山さんの紙太鼓も予想を超えた響きで、何かが駆り立てられる。
 僕だったら、ギターのじゃらんという響きには体ごと反応するときがある(いつもではありません)。

 ということで、楽器が楽譜にある音程やリズムを表現する道具である前に、それ自体一つの音楽世界を開くような気がする。
 いつもいつもそんなに感性を研ぎ澄ませて楽器に触れるわけではないが、そんな思いが湧いてくる。

 というのは、牧野住職の計らいで、貴重な木魚や鐘、太鼓に触れその響きに包まれたときにインスピレーションの大きさである。音はあとに続く音や沈黙の組み合わせでメロディやリズムという意味が発生して、それを音楽にしていくわけである。だが、後に何が続こうとも、あるいは続かなくてもそれ自体、一つの世界を表現していくようなサウンドもあるという感じがしたのだ。
 多分お寺の鳴り物でジャズをやったり、アンサンブルに使ったり、いろんな可能性はあるに違いないし、そういう実践はすでにいくつもあるのだろう。だが、ジャズであって、やっぱ、お寺というか、そういう音楽になるような気がしてならない。

 ここで思い出したのがダルハンチンこと村上さんの弾く馬頭琴とホーミーである。
 これなんかも、それ以外の何物でもなく、歌をやろうがインストに使おうが、馬頭琴の個性がまず先に来る気がしてならない。

 多分その楽器に込められた何世代にもわたる人々の「うた・いのり・希望」みたいなものが込められているのだろう。

 ああ、もっと丁寧にギターを弾かなけりゃ、と今この瞬間は思うのです。

at 16:24, まんどろ, 音楽・音楽療法

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行きつ戻りつ、名だたる人ではなく、迷い人として

 音楽療法士にとって音楽療法は、実践と振り返りを繰り返す営みである、と思う。

 実践を確かめるために行ったことを言葉にして語る、論文に書く、学会などで発表する。僕は、そういう作業を割とこまめにやってきた、方であろうと思う。

 実践そのものもそうなのだが、今は書く作業をしているため、そこでの行きつ戻りつがはなはだしい。書くのは、もちろん誰かに伝えるためで、分かってもらえるように書かなければならない。そのための構成、つまり目次をしっかりさせて書こうとはするが、実際書き始めると、必ず、あらぬ方向へ歩みだす。そうすると訳が分からなくってまた構成をいじる。そんな行きつ戻りつが常となる。
 で、まあ書くのが論文となると、言葉の使い方や書き方も勝手に、というわけにはいかず、いろんな参考書を見ることになる。こうしたいわゆる文献をちゃんと理解していれば問題もないのだろうが、そんなことを求め始めたら、絶対に書くところまでは至りそうもない、ように思える。ということで、本をちらっと読んでは、作文に戻りという、行きつ戻りつが繰り返される。

 僕は、7月に音楽療法の世界大会というのに発表させてもらうことが決まっている。ここに至るまで、2人の優秀な学者の援助を受けている。それがなければ、こんな機会は得られなかったに違いない。
 で、世界大会では英語で発表しなければならないので、書く論文も英語である。むろんそんな英語力はないので、また別の人のお世話になる。
 ところで日本語を渡せば自動的に英語になるわけではない。翻訳者は僕の日本語を理解しなければ英語が書けないのである。ここで明らかになってきたのが、僕の日本語の不明確さである。仕方がないので、自分でも英語で書いてみる。そうすると書けないのである。
 仕方ないので、また日本語に戻る。内容は僕の頭にあるはずなのだが、そこは漠として捉えどころのない泥沼のようなところでもある。それをどう言葉に書くか、また構成を考え直す。
 
 まったく行きつ戻りつの繰り返し、の日々である。だが、まあ僕の迷人ぶりとは関係なく、その日はやってくる。これは僕にとって全くありがたいことで、そこでは何なり仕上がっているのである。これは僕にとっての経験則である。まあ、その仕上がったものが誰かほかの人に役立つとは思えないけれど、この行きつ戻りつが僕を支え、ほんの少しだが前に進めてくれることは、これも経験上よく知っている。
 今回は英語がらみで、なお一層の行きつ戻りつで、その成果もそれなり大きいかと、と思うことにして、また作文に戻ることにする。あ〜。
 

 


 

at 08:34, まんどろ, 日記

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小日山拓也の手作り楽器

 2014年5月18日、東京から三宅博子さんと小日山拓也さんをお招きして、手作り楽器で遊んでみよう、というワークショップを開催した。三宅さんとは以前から、様々な話題で話をしてきた間柄であるが、小日山さんはほぼ初対面である。

 僕の仕事でも、楽器との出会い、そして楽器との戯れ、ということはとても大事にしてきたことである。それだけに、現場に持ち込む楽器を選ぶことは、僕にとって重要な下準備となる。
 そんな僕のこれまでの経験から言うと、手作り楽器の何となく楽しそうな雰囲気はとてもいいと思う反面、短い時間で簡単にできてしまう物に大きな期待を抱かないというのも、何となくしみついた習慣的な発想であった。

 しかし、今回小日山さんが持ち込んだ楽器はどれも素晴らしいサウンドを奏でるので、それはもうびっくりの連続であった。
 
 紙太鼓は、ボイドとかいう紙でできた輪っかにクラフト紙を貼り付けるという単純な仕組みであった。しかし、出てくる音は張りのある乾いた粒で、音量も十分ありそのままどんな音楽にも使える代物である。
 伊勢のワークショップで披露された湯笛は、ペットボトルの口先に細工を施し、真ん中でちょん切ったものを、水槽につけるとピーというリコーダーの音が響くのである。誰しも、「なんで・・・?」と驚いてしまう。細工の部分を少し調整するとドレミの音階もほど正確に出せる、一本一本が一音を担当する楽器なのである。笛というと口で吹くものを連想するが、息の代わりに水槽の水の圧力で息がリードの送られて鳴るわけである。

 まだほかにも、工事用の長い手袋を利用したバグパイプもあり、これは指先に着いた穴の開いた管を指で押さえて自在に音程が変えられる。

 いやまあ、こんな説明でわかるわけもなく、機会があれば小日山さんに見せてもらうのが一番だが、僕が言いたいのはそのどれもが、材料のチープな感じとは裏腹の素晴らしい音色である。
 
 お二人にはワークショップやライブの出演をお願いした関係で、僕のところに滞在していただき、車の移動や食事の時間を含めて、いっぱいいろんな話も伺えた。
 当然と言えば当然だが、小日山さんは楽器のことをとてもよくご存じで、プレイも素晴らしい。楽器の成り立ちとか仕組みを踏まえた工作の緻密さはもちろん求められるのだろうけれど、それと共に音、音楽の成り立ちや仕組みについても熟知されての、いわば融合的な創作活動であることが十分に納得できた。
 ただ手近な物を材料に工夫して遊ぶというよりは、まさに音を楽しむ道へのいざないのとっかりとして手作り楽器を僕らに見せてくれているのかも知れない。

 ありがとうございました。
 

at 16:56, まんどろ, 音楽

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わくわく音楽教室での一コマ

 今日は、月1回の「わくわく音楽教室の日」でした。午前は伊勢で、午後は多気で、それぞれ違ったメンバーとグループで音楽します。様々に音楽をするのですが、今日はそれぞれが自分の気に入った太鼓を思うがまま、好きなように叩きました。これはこれでとっても楽しいのですが、そのあと一人一人、1対1でやってみました。

 写真は安田先生と安田君。別に勝負ではありませんが、もちろん真剣です。

 こんな風なリズムのやり取りを、ほかのメンバーは楽しんで聴いていて、折々、控えめですが、手拍子なども出てきました。
 みんな音楽してるんです!

   


     下は多気のグループです。
    近頃僕はカホンに乗っかってリズム遊びをすることが
    多いのです。
                     

at 20:01, まんどろ, 音楽・音楽療法

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